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2005年8月14日 (日)

夢を見た

私は1975年から、6歳上の姉の影響で英国ロックバンドQueenのファンだった。正確には、本当に自分でレコードを買って熱心に聞きだしたのは82年からだが・・・。思春期の悩みの迷路にはまり込み、出口が見つからず、途方にくれていた時に、再び家にあったアルバムを聞いて、この世にこんな素晴らしいものがあるのだから、人生そんなに捨てたものではないと思い直したのがきっかけで、再び私は自分の人生を歩み続ける気になった。その時聴いたのはBohemian Rhapsody。それから私にとって、Queenは私の全てになり、ファーストアルバムから全て買い直し、一日何時間も聴いていた。

queen

どのくらい好きだったか、なんて文章にすれば陳腐なものになってしまうので、ここでは割愛しよう。しかし、91年、フレディ・マーキュリーが亡くなった時、私はこの世から太陽が消えてしまった。正確に言えば、この世が突如として終わってしまったように感じた。夫と結婚して2ヶ月後のことだった。夫と結婚していなかったら、後を追っていたかもしれないと、今でも思う。しかし、流石に一人の人と人生を共にすると神に誓った直後に死ぬのは余りにも無責任だという自覚はあったのでなんとか思いとどまった。

夫も長らくQueenのファンで、結納の日にはファンなら垂涎の「初版のみ特別カラーレコードの"Queen Live Killers"」をプレゼントしてくれた程の人だ。フレディが亡くなった日は、私を心配して話を聞くなり、会社を早退して帰宅してくれた。

時は人を癒すと言うけれど、それはある程度本当のことだろう。優しい夫と、可愛い(親バカ炸裂)息子に恵まれ、佐藤琢磨というお星様にも巡りあい、私は14年かけてようやくQueenの音楽を再び楽しめるようになってきた。

しかし、今朝、夢を見た。夫と私はQueenのコンサート会場にいた。何故だか厚生年金会館くらいの小さなホール。席は前から20列目のアリーナ。コンサートの前に、これまた不思議なことに、記者会見があり、ジョン、ブライアン、ロジャーと続く。顔の雰囲気から言って、現実を無視して80年くらいの顔つきであった。さて、これからフレディのインタビューかと思って胸をドキドキさせて待っていたら、司会者が「さぁ、インタビューはこれで終了です。これからライブをお楽しみください。」と言って、3人だけの記者会見が終わった。ライブが始まって、イントロが始まっても、フレディはやはり登場しない。そこで私は気づく。「あっ、フレディは亡くなったんだった。」コンサートホールで、私はショックで泣きながら絶叫していた。

夫が「どうしたの?」と揺り起こしてくれて、我に返った。夢だったのか。でもあの絶望感はすぐには消えなくて、起きて暫くは泣いていた。心配した息子も慰めに来てくれた。ああ、そうだった。フレディが亡くなった11月24日という忌まわしい日の丁度3年後、出産予定日を大きく無視して11月24日ジャストに生まれてきた息子。この日から、11月24日は私にとって人生で最大の喜びの日に変わった。神様が私によこしてくださった最大のプレゼント。とても偶然だなんて思えない。今朝息子は私を慰めに来てくれたけど、そんなことしなくてもいい。この世にいてくれる、それこそが私にとっての一番の喜びであり、慰め。さっきまで泣いていたけど、息子と話してたらケロっと夢のことなんて忘れてしまった。ありがとう、息子よ。私のもとに生まれてくれてありがとう。そして優しくしてくれて、ありがとうね。

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